TNR活動ってどうなのよ..と感じる今日この頃

TNR活動ってどうなのよ..と感じる今日この頃

不幸な野良猫を増やさないことが目的の、TNR活動。

つかまえて(Trap)、避妊・去勢手術をして(Neuter)、元の場所に戻す(Return)ということをするもので頭文字をとってTNRという略称で呼ばれている(なぜか略称って3文字が多い..)。

ここの地域猫と関わり始めた頃は、なんてすばらしい活動なんだと思ってた。

だってその子たちは今まで通りの場所で暮らせるんだし、鼠算式に新しい命が生まれてしまうこともなくなるし、費用も皆で集めたり寄付を募ったり、自治体によっては手術の助成金を出して応援したり、まさにいいことずくめなんだと思ってた。

でも、ここ最近私の中でちょっと考えに変化が現れた。

まあ、そもそも猫を野放しにして増えたら捨てるなんていう輩がいなければこんな活動は必要ない話だし、時間を割いて活動をされている方には頭が下がる部分はある。

でも、活動は個人で行うことは少なく、あくまでも非営利を原則としたNPO法人を取得した団体が行っている。

非営利?すばらしいじゃないの..ではない。最終的に利益として残すのではなく繰り越し金として扱えば済む話だし、人件費も必要経費として計上できるので、奉仕活動では全くないのだから。

そして、その団体が捕獲して、避妊去勢して..何で元に戻すの?というのがちょっと気になるようになった。

もちろん、すべての仔を里親に出すなんてことが無理なのはわかってるし、生まれて以降ずっと外で暮らしている猫たちが果たして家猫としてトイレなども問題なくできるのかと言えばNoだろう。

ただ、例えば公園は公園なんだし、その猫たちがうろうろする場所には、野良猫を嫌う人や野良猫の糞尿や爪とぎなどで実害を被っている人も少なくない。

そういう人から見て、どこの誰やらわからない(得てして地域猫の世話をする人と地域住民が100%折り合っているところはないだろう)人が捕獲器で猫を捕まえ、どこかに連れていく。

多分猫嫌いの人や実害を被っている人からすれば、「やっと猫がいなくなった」と安堵すらするかも知れない。

それからしばらくしたら、耳がさくら型にカットされた状態で再び戻ってくる。

捕獲するところを見てない人が、たまたまリリースするところを見れば、「え?猫捨ててるの?」と勘違いすることもあるし、「やっといなくなった」と思ってた人も戻ってきた猫を見て「何で?」と思うだろう。

我が家では、本当に偶然関わった地域猫たちに対して、何かあれば保護してそのまま最期まで看取るということを3匹行ってきた。

2匹目の仔の時は、数日間私が見て食べてないなぁと感じ、同じように関わってくれている方に「食欲なくないですか?」と聞くも、「いや、そんなことない」という答えが100%返って来てた。それから数日後、「もうヤバいだろう」という私の直感で保護し、一度は獣医に見てもらったものの、それから1日で息を引き取った。

本当にあっけなくて、もっと早くに..と思うと自身のやるせなさと、その仔への申し訳なさで心が荒んだ。

もともとその場所にいる仔たちは全く別の人が世話をしていて、TNRもして..というところに私が関わったのだが、いつの間にかその人たちは来なくなってしまった。

まあ、その人達にも都合があるのだろうが、私個人としては、TNRをすることで、本来その仔たちが生み育てる本能を強制的に奪った挙句、ある日突然顔を出さなくなるのは、あまりにも無責任ではないかと感じる。

せめて、自身でTNRをした仔たちに対して、自身の家で引き取ることが困難で、外で暮らし続けてもらうしかないのだとしても、きちんと責任を持って世話してくれる人に、きちんと引き継ぎをするか、最期まで自身で責任を持って世話するのが筋ではないかと思う。

そう考えると、TNRはRを行った段階で満足しているその人たちのエゴなのでは?と感じる。

作者:

白黒ハチワレ猫の「モモ」と暮らしています。
このサイトでも使用しているWordPressテーマ【HABONE】の開発と配布を行っています。

年齢:40代 趣味/園芸・ペット・卓球