3月13日午後4時40分、ココ永眠。
最終最後ちょっと苦しそうでしたが、家族全員で最期を看取ることができた。
最期までトイレに行くことを忘れず、本当にいい仔でした。
最後に過ごした場所は、ココを保護した時に数日いてもらった部屋。
最後の時が近づくにつれ、保護した直後は確かカーテンレールの上にまで逃げたなぁ、とか、何日もずっと鳴いていたなぁ、とか、襖が破壊されないようにと貼った段ボールがボロボロに食い破られて部屋に入れなくなったこともあったなぁ..とか、ある日突然鳴くこともなくなり、部屋に近づくと「アオっ」「アオっ」と呼ぶようになって、それから我が家の本当の一員になっていったんだったなぁ..、とか本当にこの間のことのようによみがえってきた。
ココは同じく我が家で最期を看取った「トラ」の母親。
虹の橋の先で、迷わずトラに会えるといいなぁ...。
いろいろあったけど、一緒にいてくれてありがとうね、ココ。
ゆっくり休んでね。
一通り部屋を整えた後、供花を買いに行ってきた。
別件で使うため、ついでに小さめの段ボールをもらって来ようと思っていたものの、すっかり忘れて帰宅。
こんな時についではダメだな...。
家についてドアを開け、「ココちゃんただいま!」、思わず言っちゃった。
そうか、もういないんだと再認識。
モモは私が外出すると大抵こたつの中で寝てて、帰ってきてもしばらく出てこないから、しーーんと静まり返った部屋。
今日は何も考えず、ココとモモの傍にいよっと...。
振り返れば2015年の中旬、こんなところに何匹かの猫ちゃんがいる..で始まったこの地の地域猫との関わり。
それから数年間、残念ながら外でなく亡くなっているのを発見した牛ちゃん、その後我が家で、茶くん、トラ、今回虹の橋を渡ったココ(旧名「愛想なし」)と順番に見送ってきた。
このブログでも、ココについてたくさんの記事があり、また、旧サイトにもココを始め他の猫ちゃんたちのを記憶ではなく記録で残すことができた。
時間があれば、このブログの日記や、旧ブログの日記も読んでもらえたら...。
旧ブログ:がんばれ!わが町名古屋の地域猫
ともすればいたことさえ忘れ去られてしまうかもしれない、地域猫という名の外猫たち。
次世代に不幸になってしまうかもしれない仔を殖やさないのを目的としたTNR活動。
本当に有意義な活動であることは十分理解しているし、賛同している。
でもやっぱり最期は、暖かいおうちで全員が過ごせるようにしてあげてほしい、と切に願う。
ココ、本当にお疲れ様。ありがとう。
お別れしてきた
翌3月14日、八事へ連れていった。
基本お花とドライフードしか入れられないから、箱の中にはお母さんの象徴「カーネーション」などお花いっぱいとともに、娘のトラの写真を一緒にしてあげて..
行く前には、ずっと外暮らしていた場所を見せ、残念ながら今年の桜を見せてあげられなかったから、名古屋では有名なオオカンザクラの並木を通って..(まだ少ししか咲いてなかったけど..)。
何度も来るべき場所ではないけど、茶くん、トラの時にはきちんと正装した方が「責任を持って火葬させていただきます」って丁寧にあいさつしてくれたものの、その日はあいにく係の方がおらず、保管場所へ自分で入れるよう言われ、そこで最後のお別れだった。
もうトラと会えたかなぁ...。