「認知バイアス」って恐ろしい..

公開日:2021(令和3)年12月21日/最終更新日:

「認知バイアス」って恐ろしい..



誰とは書かなくても分かるとおもうけど、某芸能人が転落死したニュース。

その後葬儀が行われ、芸能人の両親が会見。

両親とも言葉にならない、声にならない、それは当然でしょう。

去り際、集まった記者の中の一人が「今の心境は?」と問う。

何も言葉を発することなく両親は去る..。

これに対してSNSではしきりにこの質問をした記者へのバッシングが行われる。

これは記者会見。要望の有無の問題ではなく、開くこととした記者会見。

そこで記者が質問するのは当然のこと。

ひょっとしたら質問は一切しない、声は一切かけないという条件のもとで行われた会見かもしれない。

でもそんなことには一切触れていないし、どんな条件だったのかも公表もされていない。

そんな中、質問した記者に対してあまりにも心無い発言の数々..。

私自身もどんな条件の会見だったのかは知らない。でも記者は記者としてしごく真っ当な仕事をしただけ。問いかけて回答をもらいたい、仕事として本当に何も問題はない。

もしも前述したような条件があったのにも関わらずであったなら、それはその業界内で対応・処分されたらいい。それなのに...。

これが発端となってもしもその記者に何かがあったら...外圧なんていっぱいある。

そういう世論に押されて職や立場を奪われるかも知れない...。

過剰に反応した誰かに何かを起こされるかも知れない...。

何かが引き金となってまたつらいことが起こるかも知れない...。

認知バイアスって恐ろしい..。

あれこれ考えると何もできない、何も言えない状態になりそうだけど、それでもやはり思いを公の場で無責任にぶつける前に、自分の考えにバイアスがかかっていないかと問いかけながら今後SNSやブログでの投稿をしていこうと改めて思った。


余談、私は小学生の頃、ある日突然それまで「親友」と「仲間」だった人から一斉に無視され、揶揄され、いわゆるいじめに遭った経験がある。そのまま中学に上がり、当然その中学でも同じ空気になっていった。

当時何か理由をつけてしばしば学校を休んだのだが、その時親兄弟へ相談するも門前払い、「お前が弱いからだ」といわんばかりだった。

もうだめかも..と思った矢先、親の都合による引っ越しとなり、本当に本当にことなきを得た(今思うと親の職場は変わってなかったから、ひょっとすると私のことを察してくれたのかもしれないと今は思うが、もう亡くなっているので聞くこともできない..)。

本当に人生の中で心底助かったと思った瞬間だったのを、今でも映像として鮮明に記憶している。

もう駄目だと思ったら誰かに相談、〇〇へ電話..なんて言うのは私の認知バイアスをかければ「そんなので解決したら何も苦労せんわ」であり、そこから逃避したら何も残らないと思うのをやめて逃げてみるのが一番だと、私は今でも思う。

逃げた先で、やっぱり...だったら、本当にそれはそれで仕方ない、そんな風にも思う。


小松菜と正月菜の違いって何なん??
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